青は藍より出でて藍より青し

先生のスピーチ・指導等



カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


19件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[22] 〈池田大作先生 四季の励まし〉「勇気ある信心」を今こそ

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 7月 8日(日)21時52分15秒 KD118157176160.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

〈池田大作先生 四季の励まし〉
「勇気ある信心」を今こそ
2018年7月8日

 大いなる理想に向かって進む
 「向上の人生」――
 その人には、
 いつも希望がある。
 充実がある。感動がある。
 内面からあふれ出る
 生命の輝きがあり、
 何ともいえない魅力がある。

 人間は、孤独に陥り、
 自分ばかりが大変なのだと思うと、
 悲観的になり、
 心も弱くなってしまうものだ。
 しかし、自分より、
 もっと大変ななかで
 頑張っている人もいる。
 それを知れば、勇気が湧く。
 そして、
 悶々と悩む自分を見下ろしながら、
 むしろ、試練と戦う友を
 励ませる自分に成長できる。
 苦難の時こそ、
 勇気ある信心を奮い起こし、
 生命の苦悩の流転を断ち切り、
 境涯を開いていくチャンスなのだ。

 大きな目的のために
 「行動」すれば、
 それだけ自分の「夢」が広がる。
 大きな「歴史」が輝く。
 私たちも
 広宣流布の「大願」に生きぬく時、
 自分の「小我」は
 「大我」となっていく。
 法のため、人のために
 「行動」した分だけ
 「大きな自分」となる。
 それは即「大きな幸福」である。

 我らの挑む広宣流布の戦いは、
 この地球上に共に生きる
 全ての人々を
 幸福にしていこうという、
 大いなる夢への挑戦である。
 なれば、
 大空を見上げながら、
 心広々と朗らかに、
 粘り強く進むのだ。

 どこまでも続く青い空。緑豊かな山並み。左手には、雄壮な桜島が見える。1990年(平成2年)10月、池田大作先生が鹿児島・霧島を訪れた際に撮影した一葉である。
 人間だけが理想を持てる。大いなる理想に生きてこそ、自己の殻を打ち破り、心を大きく広げることができる。
 近代中国の大指導者・孫文は語った。「大きな事業をやりとげるには、なによりも大きな志をいだき、大きな度胸をもち、大きな決心をしなければならない」(林要三訳、『孫文選集』2、伊地智善継・山口一郎監修、社会思想社)
 広宣流布という壮大なロマンを胸に、それぞれの目標に向かって、朗らかに前進しよう。




[21] 〈池田大作先生 四季の励まし〉きょう父の日 人生の勝利王たれ

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月17日(日)07時03分46秒 KD118157176160.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

〈池田大作先生 四季の励まし〉
きょう父の日 人生の勝利王たれ
2018年6月17日

 社会的には、
 どういう立場であれ、
 父は父である。
 父それ自体が偉大なのである。
 父であるならば、
 父としての責務と、
 皆を守り包容していく
 偉大な心であれ!
 妻にも、子どもにも、
 幸福と安穏を贈り、
 人生の深き道を教えていくのが、
 偉大な父としての使命である。

 親は子どもにとって、
 最も身近な人生の先輩ともいえる。
 平凡であってよい。
 地味であってもよい。
 失敗があってよい。
 しかし、
 人間としての確かなる完成、
 また虚栄ではない、
 真実の栄光を見つめた
 自らの生き方の軌跡を、
 子どもに
 示しゆける存在でありたい。

 健気に広宣流布を
 進めてくださっている女性に、
 心から感謝し、
 敬意を表しながら進む。
 そして、女性を守り、
 先頭に立って戦う。
 男性は、そうした紳士でありたい。
 「女性を大事に」
 ――これが創価学会の伝統である。

 人生は航海の如し。
 ゆえに、荒れ狂う怒濤を
 ものともせぬ巌の如き信念で、
 わが航路を切り開いていくことだ。
 嵐になればなるほど、
 「さあ来い」と
 激しい闘志を燃え上がらせて、
 雄渾の名指揮を執りゆくことだ。
 その悪戦苦闘のなかでこそ、
 常勝不敗の熟練の智慧が磨かれる。
 そして、
 勝利王の歴史が刻まれていくのだ。

 ほとばしる清冽な流れ。ごう音を響かせながら、激しく水しぶきを上げていた。青森県十和田市の奥入瀬渓流にある「銚子大滝」。高さ7メートル、幅20メートルの威容を誇る。
 1994年(平成6年)8月、池田大作先生が東北の同志と渓流を散策しながら、シャッターを切った。
 かつて先生は、奥入瀬の滝を思いつつ、詩を詠んだ。
 「滝の如く 激しく/滝の如く 撓まず/滝の如く 恐れず/滝の如く 朗らかに/滝の如く 堂々と/男は 王者の風格を持て」
 きょう17日は「父の日」。家庭や社会に安心と信頼を広げながら、王者の風格で前進する父たちに、真心からの感謝とねぎらいの言葉を贈りたい。



[20] 〈随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作〉32 行学錬磨の大道

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月11日(月)06時37分49秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

〈随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作〉32 行学錬磨の大道 2018年6月10日
楽しく学び語れ世界最高の哲学
全人類の幸福と平和の実現のために!

 梅雨の晴れ間となった昨日(九日)の午前、新宿の紀伊國屋書店の前を車で通った。
 そこで目に飛び込んできたのは、近日発刊となる小説『新・人間革命』第三十巻(上巻)の懸垂幕であった。ご支援くださる皆様方への感謝は尽きない。最終章の連載に、さらに全力を尽くそうと決意した。

先師の誕生日に
 六月は、“創価の父”牧口常三郎初代会長のご生誕の月である。
 先生は、こよなく青年を愛され、一生涯、青年の気概で戦い抜かれた。
 軍部政府による投獄の前年(昭和十七年)には“広宣流布は青年のリードによらねばならない”と語り残されている。
 牧口先生のお誕生日の六月六日、私は、この偉大な先師の闘魂を胸に、青春の広宣拡大の大地・江戸川区へと走った。
 初訪問となった“国際講堂”は、同志の真心で美しく光り、館内の記念展示には、“江戸川は「信心の横綱」なり”との誇りが漲っており、本当に嬉しかった。
 江戸川家族は聖教新聞の拡大でも、任用試験の受験推進でも、模範の実証を示してくれている。
 講堂で勤行をし、六十五年前、男子部の第一部隊で共に歴史を創った、江戸川をはじめ墨田や江東などの忘れ得ぬ宝友たちにも題目を送った。
 当時、町工場で深夜まで働く友が多かった。十分に学校に行けなかった友もいる。皆、悩みを抱えながら懸命に奮闘する若者たちだった。
 二十五歳の私自身も、病気との闘いが続いていたが、意気は高かった。――世界の民衆を牽引するのは、ひとえに我ら青年だ。その指導原理となる生命尊厳の大哲理を、今こそ学び語り、広げようではないか――と。
 私は同志と集まるたびに、声に出して御書を拝読することから始めた。
 「着実に、あきらめず、コツコツやろうよ」
 粘り強く教学を学ぶ中で、一人ひとりが自らの尊い使命に目覚め、胸を張って立ち上がっていった。それぞれの新たな可能性を引き出しながら、自信と確信をもって対話に打って出たのだ。
 皆が「行学の二道」に励む中で、第一級の青年リーダーの力をつけていった。わが陣営は三百三十七人から出発し、一年間で目標の千人を優に超す地涌の丈夫のスクラムを築き上げた。
 これが、“青年学会”の大いなる推進力となったのである。
 ◇
 六日の帰途、雨の中、旧江戸川を渡って、浦安平和会館へ向かった。
 牧口先生が市川で行われた座談会や鎌ケ谷での講演会などに臨まれ、千葉に転教された率先の足跡が偲ばれた。
 会館では、婦人部の方の紹介で二組の入会記念勤行会が行われていると伺い、車中から合掌し、いよいよ、ご多幸の人生を、と祈った。
 女子部の時代に千葉へ幾たびとなく通った妻が、微笑んで言った。
 「今日は『関東婦人部の日』ですね」と。
 先日の「関東総会」の大成功を重ねて祝福するとともに、埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の「敢闘精神」の大行進を讃えたい。

仏法求道の喜び
 私たちが勤行で読誦する法華経の方便品には、「諸仏の智慧は甚深無量なり。其の智慧の門は難解難入なり」(創価学会版法華経一〇六ページ)とある。
 この仏の難解にして深遠なる智慧も、「南無妙法蓮華経」の一法に納まっている。その大法を末法の一切衆生――全人類に開き示してくださったのが、御本仏・日蓮大聖人であられる。
 この日蓮仏法を学ぼうと、全世界で求道の友が研鑽の汗を流している。
 特に今月十七日、日本全国で行われる「仏法入門」の任用試験を目指して、新入会の友や会友の方々をはじめ、多くの友が真摯に学ばれている。何と尊いことか。
 受験する方はもちろん、共に学び、応援してくれる全ての同志に、心から感謝を申し上げたい。
 法華経の随喜功徳品には、法華経を聞いて随喜する功徳の大きさが説かれている。有名な「五十展転」である。
 歓喜の信心に立ち上がった一人が、その喜びを友に伝え、その友がまた歓喜して別の友に教え、また次の人へと伝わり、やがて喜びの波動は五十人目に至る。
 この最後の人の功徳でさえ、無量無辺であると示されている。
 妙法を「語る功徳」「聞く功徳」が、いかに偉大であることか。その意味からも、教学試験の研鑽を通して、仏法を語り、教える人の功徳も、それを聞き、学ぶ人の功徳も、どれほど大きいか計り知れない。
 仕事や家庭など、多忙な生活の中で時間を工面しての学び合いである。どうか、その一分一秒に、大いなる随喜あれ、絶大なる福徳あれと願わずにはいられない。

希望の門を開く
 今や平和と人道の哲学の連帯は、地球社会に希望を広げている。
 牧口先生の誕生日前日の五日には、「世界の青年へ」と呼びかける声明を、アルゼンチンの人権運動家でノーベル平和賞受賞者のエスキベル博士と共同で発表した。その舞台は、「永遠の都」ローマである。声明に呼応して潑剌たる青年たちの集いも行われ、私は胸を熱くして見守った。
 「欧州師弟の日」にあたる六日、小説『新・人間革命』の挿絵は、奇しくも、そのローマの街並みであった。
 声明で光を当てた通り、国際社会が取り組んでいる「SDGs(持続可能な開発目標)」の推進にあって、根幹をなす指針は「誰も置き去りにしない」との一点である。そのための行動を力強く支える哲学が、今こそ求められている。
 なかでも注目されているのがFBO(信仰を基盤とした団体)の役割である。「誰も置き去りにしない」精神とは、まさしく宗教者にとって日常的な信仰実践そのものであるからだ。
 大聖人は「一切衆生皆成仏道の法華経」(御書九九ページ)と仰せになられた。牧口先生も御書に線を引かれていた一節である。
 釈尊が法華経を説いた究極の目的は、万人成仏である。全ての人に尊極の生命が具わり、それを開き、顕すことができることを教えたのだ。
 今回、同志が「冬は必ず春となる」(同一二五三ページ)の一節と共に学ぶ御抄には、法華経方便品の「若有聞法者無一不成仏(若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん)」(同ページ)との文がある。
 一人ももれなく幸福にするのだ!――世界の人びとが求めてやまない、万人の尊厳性と可能性を解き放つ「希望の門」が、ここにある。
 「仏法入門」の研鑽は、「世界市民」の精神性の錬磨へ、そして人類のレジリエンス(困難を乗り越える力)の拡大へ連動しているといってよい。

行者とは何ぞや
 牧口先生が使用されていた御書には、「行者とは何ぞや」との書き込みが残されている。
 思索を重ねられた一つの結論として、先生は「自分ばかり御利益を得て、他人に施さないような個人主義の仏はないはずである。菩薩行をせねば仏にはなれないのである」と語られている。
 御書を繙くと、「法華経の行者」という言葉が、優に三百カ所以上、確認できる。大聖人がいかに「行」(修行・行動・実践)を重んじられているかが拝されよう。
 今、嬉しいことに、四日が記念の日である華の女子部は華陽姉妹の「御書三十編」を学びつつ、信頼と友情の対話を朗らかに広げてくれている。 牧口先生の誕生日の翌日(七日)が結成記念日の高等部も、教学に挑み、成長する姿が凜々しい。
 結成の日(三十日)を目指す英知の男女学生部も、いやまして御書を拝しながら、人材の育成に、弘教の拡大にと、にぎやかだ。
 「行学の二道」に徹するのが、創価の伝統である。
 ◇
 恩師・戸田城聖先生は、御書の研鑽を“剣豪の修行の如き鍛錬”と譬えられた。
 その峻厳さと共に、「楽しく信心して、楽しく折伏して、楽しく教学の勉強をしていってもらいたい」と、温かく励ましてやまなかった。
 ――我々は何のために生まれてきたのか。それは、法華経に「衆生所遊楽(衆生が遊楽する所)」とあるように、遊びに来たのだ。御本尊を信じきった時に、生きていること自体が楽しいという人生になるのだ、と。
 悩みや困難が何もない人生などない。そうではなく、いかなる困難も逆境も、全てを悠々と乗り越えゆく「勇気」「智慧」「生命力」を無限に湧き立たせていく。そのための信仰である。「人間いかに生くべきか」という根本の道を学び、自らの最高の人格を輝かせていくための教学である。
 その一番の体現者こそ、婦人部総会を笑顔爛漫の大成功で終えた“太陽の母たち”である。
 今日(十日)は、白ゆりの香りも高き「婦人部の日」。皆で最大の尊敬と感謝を捧げたい。
 文豪ゲーテは、「いま大事なのは、ほめられるとか、けなされるとかいうことではなく、学ぶことなのだ」と言った。
 毀誉褒貶の世を見下ろし、不退の先師・恩師に連なる我らは、学び、進もう! 行動しよう!
 行学錬磨の大道――人間として最高に誉れある青春と人生が、ここにあると確信しながら!
 (随時、掲載いたします)

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集8』所収「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」登張正實訳(潮出版社)。



[19] 世界平和の大航路を進め

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月 4日(月)06時59分59秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

本部幹部会・関東総会への池田先生のメッセージ 2018年6月3日付聖教新聞
世界平和の大航路を進め
トインビー博士「日蓮の遺命を創価学会が実行」

 一、かの釈尊は、世界最高峰のヒマラヤのふもとに王子として生まれ、大宇宙の究極の法則と合致しゆく、生命の最高峰の境涯を示されました。
 末法の御本仏・日蓮大聖人は、世界最大の太平洋のほとりに「民の子」として聖誕なされ、釈尊の遺命を受け継がれつつ、全人類の幸福と平和の道を広大無辺に開いてくださったのです。
 小説『人間革命』の英語版が発刊された折、トインビー博士から寄せていただいた真心あふるる序文には、こう記されていました。
 「日蓮の地平と関心は、日本の海岸線に限定されるものではなかった。日蓮は、自分の思い描く仏教は、全ての場所の人間の仲間を救済する手段であると考えた」
 そして、「創価学会は、人間革命の活動を通し、その日蓮の遺命を実行しているのである」と――。
 トインビー博士も見つめておられた、壮大に全地球を潤しゆく、誉れ高き民衆仏法の源流こそ、ここ千葉であり、我らの大関東であります。
 大聖人直結の「敢闘精神」に燃える創価家族、すなわち埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の異体同心の皆さん、堂々たる大拡大、そして大勝利の関東総会、誠におめでとう!(大拍手)
 さらに、海で結ばれた各国の宝友を迎えて、世界広布の息吹にみなぎる本部幹部会を、大聖人がどれほど喜んでくださっていることでしょうか!
 海外の尊きリーダーの皆さん方、本当にありがとう!(大拍手)

未来部は人類の希望
 一、思えば、第3代に就任して最初の夏、私は千葉の犬吠埼と富津海岸で男女青年部の精鋭と錬磨の研修を行いました。その折、健気な地元・銚子の友と、大漁節を歌いながらの野外座談会を開いたことも、忘れ得ぬ思い出です。
 今、わが不二の誓願の青年部は、大関東をはじめ日本全国そして全世界で、地涌のスクラムを一段と大きく広げながら、目覚ましい勝利の前進を続けてくれています。
 その溌剌たる敢闘精神を、私は讃えたい。
 そこで今日は、1982年(昭和57年)――若き正義の連帯で「反転攻勢」の波を起こした「青年の年」に、後継の友へ認めた四つの揮毫を通して、今の真情を伝えたいと思います。
 一、まず「若人鯱之力」。これは、戸田先生の和歌「荒海の 鯱にも似たる 若人の 広布の集い 頼もしくぞある」を胸に、先駆の学生部へ綴った書です。
 海の王者たる鯱は、群を抜いたスピードと無敵の強さ、さらに仲間との優れたコミュニケーション能力、そして団結力でも知られます。
 それは、まさしく躍動する英才たちの群像にも通じます。だからこそ、50年前の日中国交正常化の提言をはじめ、平和のビジョンを、私は男女学生部に語り託してきました。
 どうか、いやまして躍動する、普く賢い「普賢」の力で、歴史を創る「広宣流布」即「世界平和」の大航路を進んでいただきたい。
 一、次に、「栄光天使空」。希望輝く未来部への書です。
 妙法受持の家に生まれ育つ宿縁が、どれほど深いか。法華経を拝すれば、過去世に十万億の仏を供養してきた大功労の方々であり、未来へ計り知れない福徳をもたらす大使命の方々です。
 ゆえに、わが未来部の成長こそ、全人類の希望であり、喜びなのです。
 気高き担当者の方々に最敬礼して感謝するとともに、正義の宝の天使たち一人一人が健やかに栄光の大空へ羽ばたきゆけるよう、皆で一段と祈り、励ましていきたい。任用試験に挑戦する未来部の友も、本当にご苦労さま!

「心の財」を積みゆけ
 一、さらに、華陽の女子部に贈る書は「福運無限詩」です。
 実は、ここ船橋は蒲田支部の縁で、私の妻も女子部時代、幾度も足を運んで同志と学会活動に励んだ天地であり、今日の大発展を何より喜んでいます。
 大聖人は、「南無妙法蓮華経は、自他共の生命にも、周囲の環境にも、無量の福運と智慧を広げゆける福智の法である」(御書792ページ、趣意)と明かされています。
 小さな、また地道な「心の財」の積み重ねこそが、無限の福運と広がります。
 華陽姉妹の皆さんは、仲良く朗らかに支え合いながら、最も美しく、最も価値ある青春勝利のロマンの詩を、春夏秋冬、織り成していってください。
 一、最後に、「勇者共戦」。若師子の男子部への記別です。
 1973年(同48年)の早春、学会が仏法を基調とした本格的な社会建設へ挑み始めた時に、関東の男子部と心肝に染めた御聖訓があります。
 それは、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(同1282ページ)と。
 闘諍言訟の末法は、臆病では何事も成就できない時代である。ゆえに、創価の丈夫は「師子王の心」を持てる勇者として断固と共戦してもらいたい。
 結びに、関東の在家の門下である富木常忍に授けられた「観心本尊抄」の一節「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(同254ページ)を共々に拝したい。そして、「太陽の仏法」の大光で、家庭も地域も、社会も世界も、いよいよ明るく照らし晴らそうではないか! と申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。



[18] 教学部中級試験(2002年9月29日)

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月 3日(日)04時09分34秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

教学部中級試験(2002年9月29日)
◎2002年9月29日:中級試験


      「行学の二道をはげみ候べし」
          全国で伝統の教学部中級試験

      平和と幸福の哲学者18万人が受験

      名誉会長、秋谷会長が受験者を激励
          1149会場で真剣に挑戦

      「如説修行抄」「日女御前御返事」などから出題

 学会伝統の教学部中級試験が29日、全国1,149会場で一斉(いっせい)に実施された。試験は午後1時から1時間半の筆記試験として行われ、 “ 平和と幸福の哲学者 ” 約18万人(助教授、助教授補、青年部教学資格3級の壮年・婦人部員)が受験した。この日、池田名誉会長は、八王子市の創価女子短期大学の会場を訪れ、全国の友を代表して第2総東京の友を激励した。また秋谷会長は、東京・北平和会館の会場を訪問した。試験は、「如説修行抄(にょせつしゅぎょうしょう)」「日女御前御返事(にちにょごぜんごへんじ)」など御書5編と「日顕宗を破(は)す」から出題された。


 池田名誉会長は、試験開始前、日野(ひの)池田総区・稲城(いなぎ)区の受験者を激励した。

 会場の創価女子短期大学の校内に入るや、受付の役員に、「本当にありがとうございます」と、ねぎらいの言葉を。

 そして試験会場の教室へ。緊張の面(おも)もちだった受験者に、大きな喜びの声があがった。


 名誉会長は語った。


 「きょうは、お休みのところ、本当にご苦労さまです。

 日蓮大聖人の仏法は、宇宙の一切の根源(こんげん)を解(と)き明(あ)かした、人類の究極(きゅうきょく)の哲学です。永久普遍(ふへん)の大哲学は、仏法しかありません。

 大聖人は『行学(ぎょうがく)の二道(にどう)をはげみ候(そうろう)べし、行学た(絶)へなば仏法はあるべからず、我(われ)もいたし人をも教化(きょうけ)候(そうら)へ、行学は信心よりをこるべく侯(そうろう)』(御書 1361 ㌻)と仰(おお)せです。

 行学の二道がなくなれば、もはや仏法はない。仏にはなれない。

 きょうは、遠くの方(かた)、また、お疲(つか)れの方もおられたことでしょう。そのなかを、皆さまは教学の研鑚(けんさん)に集(つど)ってこられた。

 すべてが自分自身のためであり、大福運(ふくうん)を積(つ)みゆく道です。生々(しょうじょう)世々、最優秀の学者以上の、偉大な哲学者として仰(あお)がれゆく皆さまなのです。

 大事なのは、題目をあげることです。きょうの試験は、できても、できなくても、思う存分(ぞんぶん)、頑張(がんば)ってください。広宣流布のために挑戦したことは、全部、永遠の福運となり、深き思い出になるのです。

 行学の二道に励(はげ)んだ皆さまを、だれよりも大聖人がほめてくださることは間違(まちが)いありません」


 池田名誉会長は、さらに語った。


 「最高の大仏法を覚知(かくち)している人は、大聖人しかおられない。多くの権力者も、有名人も、真実の仏法を知らない。

 仏法は、宇宙と生命を貫(つらぬ)く永遠の法則です。幸福を築く根本を教えている。その仏法を蔑(さげす)んだり、避(さ)けたりすれば、永久に幸福はない。平和は訪(おとず)れない。

 人類の歴史にあって、偉大なる仏法流布の先駆(せんく)をきっておられるのが、皆さまなのです。

 どうか自信をもって、試験に臨(のぞ)んでください。

 教学を学ぶ場に、ここに集ったこと自体が勝利です。歴史です。生涯にわたる、自分自身の大いなる信心の原動力になるのです。

 本当に、ご苦労さまです!」


 秋谷会長は、東京・北区の北平和会館へ。

 会長は、友の教学研鑚(けんさん)の努力をたたえ、「仕事、家事と忙(いそが)しい毎日かもしれません。しかし、学会の伝統は『実践の教学』です。学会活動をやり抜きながら、寸暇(すんか)を惜(お)しんで御書を繙(ひもと)いてこそ、人間として本当の力がつくのです。人々に納得と励ましを贈ることができるのです」と強調。

 さらに世界広布の伸展(しんてん)にふれ、「大聖人の御金言(ごきんげん)を日々、拝せること自体が大きな福運です。大仏法を学び、行ずる誇(ほこ)りに燃えて、きょうより新たな出発を」と念願した。

 なお、この日夜には師範、教学部教授の代表により各会館で厳正(げんせい)に採点作業が行われた。

            ( 2002年9月30日付「聖教新聞」より )

【 9月29日 】

 教学中級試験会場(創価女子短期大)に試験前に「突然」、池田先生が現れた。

 試験会場の訪問は、本当に誰にも知らされていなかった。任務についていた白蓮G員も、先生から突然呼び掛けられ、振り向いたらそこに先生が。
 「先生!」と、本当にビックリしていた。

 先生が「私も受験してもいいですか?」と尋ねた。

 白蓮G員は一言「受験票はお持ちですか?」。


【 9月30日 】

 翌30日には、創価大学・本部棟・M402教室での授業に、池田先生が突然現れた。

 先生は、担当教員の了解を得て、約30分にわたり、「青春の哲学」について語られた。

 そのスピーチの後、先生は隣の「法女性学」という授業の教室へ。ほとんどが女子学生ばかりで、教壇の前に立たれた先生を皆で取り囲むような形で集まった。

 先生は、その授業の教授の教科書をペラペラとめくったり。

 そして、その教室にいた学生の名前をSUA(アメリカ創価大学)に刻印することを約束されて、教室を後にした。

https://www.evernote.com/shard/s69/sh/ed57feb9-1c6c-4fbf-bbcf-62b642a65d75/49d6b934e2dc6bdf




[17] 大学会・渋谷区合同記念総会(1991年11月9日)

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月 3日(日)04時05分26秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

大学会・渋谷区合同記念総会(1991年11月9日)
◎1991年11月9日:大学会・渋谷区合同記念総会
          (創価大学・池田記念講堂)


      記念の集い、思い出に残る一日を

 若々しく、そして優秀な大学会の皆さん、遠いところ、ご苦労さまです! 渋谷の皆さまも、ようこそ創価大学へ! 素晴らしい歌声と演奏で飾られた合同総会、本当におめでとう!

 大学会のメンバーには、久方(ひさかた)ぶりに再会した友も多いであろう。きょうは、ゆっくりと語り合いながら、思い出に残る一日を過ごしていただきたい。提案だが、ここで各大学の歌を歌い、競い合ってはどうだろうか。(東京大学、慶応大学、早稲田大学……と、各大学の校歌・寮歌が、青春の心意気いっぱいに歌われた)


 きょうは、全国の衛星中継の会場に、昼と夜を合わせ、90数万、百万人にも及ぶ同志が集われるとうかがった。沖縄の研修道場には、アジアの婦人部、女子部のメンバーが研修に来られている。

 また、東京・文京区の 千駄木(せんだぎ)平和会館、秋田の鹿角(かづの)会館が、きょう、オープンした。

 また第2東京は、15の特別区の体制となり、それぞれ発足(ほっそく)した。武蔵野(むさしの)、小金井(こがねい)、立川(たちかわ)、小平(こだいら=旧・北多摩〈きたたま〉)、村山(むらやま)、東村山(ひがしむらやま)、秋川(あきかわ=旧・西多摩〈にしたま〉)、青梅(おうめ)、第1八王子(はちおうじ)、第2八王子、第3八王子、調布(ちょうふ=旧・多摩川〈たまがわ〉)、府中(ふちゅう)、日野(ひの=旧・南多摩〈みなみたま〉)、町田(まちだ)の各〈区〉である。青梅(おうめ)〈区〉の羽村(はむら)平和会館では、開館2周年の記念幹部会が開催されている。

 また、次の各会館では、きょうから、衛星中継がスタートした。兵庫の東播(とうばん)文化会館、宮城の泉(いずみ)文化会館、白石(しろいし)会館、多賀城(たがじょう)会館、山形の新庄(しんじょう)文化会館、長野の丸子(まるこ)会館、佐久(さく)会館、小諸(こもろ)文化会館、辰野(たつの)会館、駒ヶ根(こまがね)会館、飯田(いいだ)会館、新潟の新潟平和会館、新潟池田婦人会館、大分の 杵築(きつき)会館、沖縄の名護(なご)平和会館、泡瀬(あわせ)会館、与原(よなばる)会館。

 全国の皆さま、ご苦労さまです。また、記念の集い、本当におめでとう!


      “ 文化と歴史の大国 ” 中国の知恵に学ぶ

 昨日(11月8日)、中日友好協会の孫平化(そん・へいか)会長をはじめ訪日団の方々と懇談した。

 明年秋、中国と日本は、国交正常化20周年を迎える。その意義も込めて、婦人誌「主婦の友」の新年号に、孫会長との懐かしい思い出などを綴(つづ)らせていただいた。

 1980年4月、第5次訪中の折のこと。私は、孫会長とともに、桂林(けいりん)の地を訪れた。川があり、林があり、蕭々(しょうしょう)と雨に煙(けむ)る桂林。その風景の素晴らしさは、今も心から離れない。

 船を待っている間、あたりを歩いていると、二人の少女に出会った。「 你好(ニイハオ)!」。私は話しかけた。「 你好!」。にこやかに答えてくれた。

 「私たちは薬売りなんです」

 私は微笑みながら聞いてみた。

 「それでは、すみませんが、頭の良くなる薬はありませんか」

 その答えを聞いて感心した。

 「あ、それでしたら、たった今、売り切れたところです」

 さすがは文化と歴史の大国だなと思った。ユーモアのセンスといい、とっさの機転といい、実に洗練されている。自然である。

 日本人ならば「そんな物ありません!」、「失礼な!」と、冷たくあしらわれるかもしれない。そばにいた妻も、心から感銘を受けたようだった。


 さて、中国といえば、『荀子(じゅんし)』という古典に、こんな言葉がある。

 「旧言無きは、吾(われ)之(これ)を鄙(いや)しむ」

 自分が少々出世したからといってうぬぼれ、古い友人と出会っても、一緒に昔話もしないような人間は、私は軽蔑(けいべつ)する──と。いわんや、お金や地位を得たからといって偉(えら)ぶり、その恩を仇(あだ)で返し、それまでの関係を踏(ふ)みにじるような人間は “ 最低 ” であろう。中国に対する日本の態度についても、この点を私は懸念(けねん)している。やはり、一度受けた恩には、最大の礼(れい)を尽(つ)くし報(むく)いていく──これが「人間の道」「人間の世界」であろう。

 また『荀子』では、この言葉に続いて、こう記(しる)されている。

 「小人(しょうじん)と処(おる)者は、吾(われ)之(これ)を殆(あやぶ)む」。つまり、小人物と常に一緒(いっしょ)にいることは、危険なことである、と。

 ともに生きる友人は、よくよく選ばなければならない。つまらぬ、ちっぽけな人間といつまでも一緒にいては、危険きわまりない。そういう人物が、向こうから離れていってくれたら、こんな幸せなことはない。


 また、青年時代によく読んだ『十八史略(じゅうはっしりゃく)』には、こういう言葉がある。

 「枳棘(ききょく)は鸞鳳(らんほう)の栖(す)む所に非(あら)ず。百里は大賢(たいけん)の路(みち)に非ず」

 すなわち、カラタチやイバラの茂みは、鳳凰(ほうおう)のような立派な鳥のすむ場所ではない。わずか百里四方の小さな土地は、大賢人のいるべき場所ではない、という意味である。

 大人物は、コセコセした、陰湿(いんしつ)でちっぽけな世界には、おさまらない。また、そこに縛(しば)られる必要もない。むしろ勇(いさ)んで、より大きな広々とした世界へと雄飛していくべきである。

 仏法を基調とした、学会の平和・文化・教育の運動は、今や地球的規模へと広がった。世界の民衆の共感と期待を集めつつ、壮大なスケールで交流し、人間と人間、国と国を結びつけている。正法の存在を全人類に示しきっている。

 この人類のための大運動は、いかなる鎖(くさり)にも縛(しば)られてはならない。


 また、中国の『易経(えききょう)』には、次の一節(いっせつ)がある。

 「二人心を同じうすれば、其(そ)の利、金を断(た)つ」「同心(どうしん)の言は、其の臭(か)蘭(らん)の如(ごと)し」──二人が心を合わせれば、その行いのするどさは、金をも断つほどである。心を同じくする者の言葉は、蘭のごとく高貴な香りを放(はな)つものである──と。

 深く強い心と心の絆(きずな)、揺るぎない心の交流。すなわち “ 金蘭(きんらん)の交(まじ)わり ” の語源である。ともに心を開き、話し合い、前進していく。そこに、大いなる力が開かれていく。それを、心を閉ざして対話を拒(こば)み、悪意と策謀(さくぼう)と駆(か)け引きに終始していくことは、哀(あわ)れな悲しむべき姿と言わざるを得ない。本来の仏法の精神とも正反対の邪道(じゃどう)であろう。

 ともあれ、私どもは、これからもさらに、友情の花園を美しく香らせながら、広宣流布への「同心」の絆を未来へ世界へと、大きく広げていきたい。


      「正義を興隆」する絶好の機会

 私どもは、どこまでも「御本尊根本」「御書根本」である。その意味から、本日も御書を拝(はい)したい。

 大聖人は、「行敏訴状御会通(ぎょうびん そじょう ごえつう)」で次のように仰(おお)せである。

 「当世日本第一の持戒(じかい)の僧・良観聖人(りょうかん しょうにん)並びに法然(ほうねん)上人の孫弟子(まごでし)念阿弥陀仏(ねんあみだぶつ)・道阿弥陀仏(どうあみだぶつ)等の諸聖人等 日蓮を訴訟(そしょう)する状に云(いわ)く 早く日蓮を召(め)し決せられて邪見を摧破(さいは)し正義(しょうぎ)を興隆せんと欲する事云云、日蓮云く 邪見を摧破し正義を興隆せば 一眼(いちげん)の亀(かめ)の浮木の穴に入るならん、幸甚(こうじん)幸甚」(御書 180 ㌻)

 ──今の世で、日本第一の持戒の僧といわれる良観聖人、ならびに法然上人の孫弟子である念阿弥陀仏、道阿弥陀仏などの諸聖人らが、日蓮を訴訟した文書には、「早く日蓮を呼び出し、裁いて、その邪見をくだき破り、正義を興隆されることを望む」とある。それに対し、日蓮はこう言おう。「邪見をくだき破り、正義を興隆すれば、一眼の亀が浮木の穴に入るような千載一遇(せんざいいちぐう)のことであり、こんな幸(さいわ)いはない。こんな幸いはない」──と。

 ここでいう、良観をはじめ、法然の孫弟子たちは、当時の宗教界の権威者である。その権威をカサに着た悪侶(あくりょ)によって、もったいなくも、御本仏・大聖人御みずからが、大悪人のごとく訴えられたのである。悪侶たちは、この文書を出せば、大騒ぎになるだろう、大聖人が驚かれ、あわてふためいて謝罪されるとでも思ったのだろうか。

 「脅(おど)し」は権力者の常套(じょうとう)手段である。 “ 脅す ” 人は、絶対に仏法者ではない。悪逆の権力者か、残酷な暴力者であろう。

 人を「切る」などということ自体、「人間蔑視(べっし)」「人権弾圧(だんあつ)」以外の何ものでもない。宗教というものは人を切るものではない。人を救うものである。

 ともあれ、悪僧らの恐喝(きょうかつ)に対して、当然のことながら、大聖人は微動だにもされず、むしろ、正邪を決する千載一遇の機会と喜んでおられる。堂々と「真実」を明らかにしよう! 極悪(ごくあく)の謀略をすべて打ちくだいてみせる──との悠々(ゆうゆう)たる御境界であられた。

 権威の僧侶たちから大迫害を受けられた大聖人──うれしいことに、また、不思議(ふしぎ)なことに、学会は、この大聖人の御留難(るなん)の道に、まっすぐに連(つら)なって歩んでいる。この “ 大聖人直結 ” の誉(ほま)れも高く、堂々と「創価の道」を歩み抜いていただきたい。


      悪侶は自らの「邪義を隠さんが為」に画策する

 さらに同御書で大聖人は、良観たちの策謀の本質を、次のように喝破(かっぱ)しておられる。

 「但(ただ)し良観上人等弘通する所の法・日蓮が難脱(のが)れ難きの間 既(すで)に露顕(ろけん)せしむ可(べ)きか、故に彼(か)の邪義を隠さんが為に諸国の守護・地頭・雑人等を相語(あいかた)らいて言(いわ)く 日蓮並びに弟子等は阿弥陀仏(あみだぶつ)を火に入れ水に流す 汝等(だんだち)が大怨敵(だいおんてき)なりと云云、頸(くび)を切れ 所領を追い出せ等と勧進(かんじん)するが故に日蓮の身に疵(きず)を被(こうむ)り弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり、此(こ)れ偏(ひとえ)に良観・念阿(ねんあ)・道阿(どうあ)等の上人の大妄語(だいもうご)より出(いで)たり 心有らん人人は驚く可(べ)し怖(おそ)る可し云云」(胴 182 ㌻)

 ──良観上人らが弘めている法は、日蓮からの論難を免(まぬか)れることができず、そのため、すでに悪法であることが明らかになってしまった。そのため彼らは、自分たちの邪義を隠(かく)そうとして、諸国の守護や地頭、雑人(鎌倉に置かれ、諸国の治安監察と訴訟の裁きをした役人)などを扇動(せんどう)して、「日蓮ならびに弟子たちは、阿弥陀仏を火に入れ、水に流したりする。あなた方の大怨敵である」と言いたてたのである。そして、「頸を切れ、所領から追い出せ」などと勧(すす)めたため、日蓮の身には傷をこうむり、弟子等を殺され傷つけられたことは数百人に及ぶ。これは、ひとえに良観、念阿弥陀仏、道阿弥陀仏などの “ 上人 ” の大妄語(だいもうご=大うそ)から出たことである。心ある人々は、(このことを知って)どれほど驚き、恐ろしく思うことであろう──と。

 大聖人は、七百年前に、悪侶(あくりょ)による謀略(sくぼう)の方程式を明快に示してくださっている。自らの悪が、だんだん明るみに出て、追いつめられた悪侶らは、そこから何とか目をそらそう、何とか自分たちを守ろうと躍起(やっき)になる。その結果、うそに、うそを重ねて世間を扇動(せんどう)していく。全部、自(みずか)らの「邪義を隠さんが為」なのである。

 大うそつき──これこそ「僣聖増上慢(せんしょう ぞうじょうまん)」のひとつの特徴である。卑劣(ひれつ)な悪侶の謀略に、大聖人の弟子たちの多くも命に及ぶ迫害を受けた。学会の受けた、いわれなき悪口・中傷の傷も数知れない。しかし、私どもは一歩も退かない。ますます前進の勢いを増すばかりである。

 こう、いじめれば、これを出せば、やつらは困(こま)るだろう、意気消沈(いきしょうちん)するだろうと、黒い心は、ほくそえんでいたにちがいない。だが、そうはいかない。皆、前より元気になってしまった。「意気消沈」どころか、「意気軒高(いきけんこう)」そのものである。

 学会は絶対に「正しい」ゆえに、難を受ければ受けるほど、「楽しい」「功徳が出る」「張り合いがある」「朗(ほが)らかになる」「団結していく」──こんな団体は宗教史上にないであろう。


 大聖人は、最後に、仰せである。

 「仏記(ぶっき)に云(いわ)く此等(これら)の悪人は仏法の怨敵(おんてき)には非(あら)ず三明六通(さんみょう ろくつう)の羅漢(らかん)の如(ごと)き僧侶等が我が正法を滅失(めっしつ)せん」(同 ㌻)

 ──経文によれば、これらの悪人(仏法を大弾圧した悪逆の王たち)は、仏法の真の怨敵ではない。それよりも、三明(さんみょう)や六神通(ろくじんずう)という神通力をもった聖者のように見える僧侶たちが、我が正法を滅ぼし、失わせるのである──と。

 仏法の一番の怨敵はだれか──それは、仏法者を迫害する一国の指導者や政治家等ではない。 “ 聖人 ” 等として振る舞い、法を説く高僧であると。

 天魔(てんま)らが、その身に入った「悪鬼入其身(あっきにゅうごしん)」の高僧が、正法を破壊しようとするのである。大聖人の仏法を破壊し、広宣流布を破壊する高僧──経文通りの “ 仏法の大怨敵 ” とは、戦わざるをえない。戦った人の成仏、大福徳も、経文と御書に照らして、絶対に間違いない。

 中国の古典に、「邪は正を犯(おか)さず」と。

 「邪」は、いかに巧(たく)みに装(よそお)っても、必ず、悪の本性(ほんしょう)が現れてしまう。

 また、いかに正義を隠(かく)し、犯(おか)そうとしても、絶対にできない。

 「邪」は「正」に勝つことはない──私どもは、この確信で、 “ 正義は楽し ” と、朗(ほが)らかに、また朗らかに前進していきたい。


      「友人葬は社会待望の葬儀革命」

 さて、私どもの前進に対しては、各界の有識者から、高い評価と賛同が寄せられている。本日も、その一部をご紹介させていただく。

 はじめに、ある社会学者は、次のように述べられている。


 「学会の友人葬、同志葬は、日本の葬儀に革命ともいえる変革をもたらすもので、大変、注目しています。本来、日本の伝統では、村落共同体が死者に対して、村をあげて送るというのが中心であり、僧侶による葬儀は後世(こうせい)になって出てきたものと言えます。

 宗教者、すなわち僧侶や神官(しんかん)が中心ではなく、村落共同体が全員で死者を弔(とむら)うことが日本伝統の葬送儀礼(そうそう ぎれい)であり、その意味で、生前の友人、同志が一堂に会(かい)して故人の冥福(めいふく)を祈る友人葬こそ、本来のあるべき姿であると思います」と。


 また、「今、多くの日本人が戒名(かいみょう)や僧侶による葬儀に疑問を感じています。しかし、家族や親族への配慮などから、心に思っていても、なかなか葬式仏教は打破できない」「それを今、実行しているのが創価学会であり、その一点だけをとっても、今回の問題は宗教改革に通じるものであると評価したい」と。


 「友人葬は、時代を先取(さきど)りしているものだけに、一部の『旧思考(きゅうしこう)』の人々からは反発されるかもしれません。しかし、これが将来の葬儀の理想となり、定着することは明らかです。ぜひ、学会の方々には頑張っていただきたいと思います」


 学会の友人葬は「時代を先取り」している。 “ 先端中の先端 ” を行っている。その誇(ほこ)りを強くもって、堂々と進むべきだとの声である。

 「仏法は道理」である。葬儀に僧侶が出なければならないとは、御書のどこにも出ていない。

 むしろ “ 友人葬のほうが、僧侶よりも、よほど朗々(ろうろう)とした、張りのある勤行である。また一部の悪僧のように、葬儀に遅れてきて、読経(どきょう)を間違えたり、途中で居眠(いねむ)りすることもない。よけいな気を使う必要もなければ、御供養(ごくよう)もいらない ” と、ある幹部が言っていた。


      「学会は悠々と高みに立って独自の道を」

 さらに、この識者は、今回の問題が学会の理念・運動を社会に、わかりやすくアピールする絶好の機会であるとされ、堕落(だらく)した僧侶との対立などにとらわれず、高い次元で進んでいくよう励ましてくださっている。


 「世間には日蓮正宗(にちれん しょうしゅう)という団体は存在しないといってよいくらいです。人々には創価学会しか見えないのです」、「学会は、悠々と、高みに立って、独自の道を主張したほうがよいと思います」と。


 また、「日本に檀家(だんか)制度ができた江戸時代から3百年。考えてみれば、創価学会は、この3百年の日本の宗教史を、わずか30年で体験してしまったのではないでしょうか。3百年かかって定着した制度を、30年で、もう乗り越えようとしている。このスピードと発展は、まさしく奇跡(きせき)としか言いようがありません」


 「今、日本人で、創価学会員が身近にいない人は、だれもいないはずです。あえていえば、日本人にとって『宗教』というと、特定の信仰を持っている人も、いない人も含(ふく)めて、それは『創価学会』をイメージしているとさえ言ってよいと思います」と。


 そして、大きな社会的存在となった学会の新たな発展を期待されている。これが、公正な識見をもつ方の見方である。


 さらに他の識者の方からも、「学会の進める宗教改革に、私は心から『万歳 !! 』を贈ります」等の声が寄せられている。


      「大乗仏教は在家が中心」

 また、世界的に著名なある仏教学者は、次のように述(の)べておられたという。


 「日蓮正宗が解散勧告(かいさん かんこく)を送ってきたところで、創価学会にとって何の心配もありません。自信をもって独自の活動を、どんどん進めてください」

 「本来、日蓮正宗と創価学会は別々の宗教法人であり、日蓮正宗が解散命令とか勧告をするなどは常識はずれで、どう考えてもおかしなことです」

 「今日では、出家者が在家(ざいけ)の信徒を信仰上、指導することは、もはやありえないことです。なぜならば、日本にはすでに本来の意味の出家者はいない。いるのは、頭を丸め、袈裟(けさ)を着ていても、教団の運営者にしかすぎません」

 「本来、仏教は『法』が根本であり、人間の生き方を説いたものです。したがって、教義とか権威で信仰者を縛(しば)るのは仏教の本義から考えてありえないことだ」、「釈尊(しゃくそん)も当時のインドの風習に従って出家したのであって、本来、法を求めるにあたって、出家でも在家でもよかったのである」と。

 さらに、「基本的に、時代と民衆の要請に応じて変化していくのが仏教である。出家教団が必要な時代もあった。しかし、大乗仏教の興隆は、時代の要求に応じて在家が主体となって起きてきたものだ」と。


  “ 大乗仏教の興隆は在家が主体 ” と──。「日蓮正宗」も “ 大乗仏教 ” のはずである。

 また、 “ 時代と民衆の要請に応じて変化 ” と。ただし、最近は、法主(ほっす)が「本(ほん)」で御本仏は「迹(しゃく)」だそうだが、こんな “ 変化 ” は時代も民衆も “ 要請 ” していない。


 「歴史的に見れば、近代日本にあっても二度の大きな変化があった。一つは明治維新の時であり、これは国家が仏教の在家主義化をはかったものである。このころから僧侶の妻帯(さいたい)が始まった。もう一つは、第2次世界大戦後であり、神道(しんとう)を中心にした古いナショナリズムが崩壊(ほうかい)し、新たな民衆仏教への模索(もさく)が始まった」

 「その中でも、日蓮の『立正安国(りっしょうあんこく)』の思想が民衆に受け入れられ、日蓮系の教団が多く出現した。その意味から、既成教団の一つである日蓮正宗のみでは、民衆の要請に応(こた)えられるものではなかった。創価学会の出現によって、日蓮の立正安国の思想が日本全国、全世界に広まったのである」と。


 「伝統」は大切である。しかし、食べ物も長く放(ほう)っておけば腐(くさ)ってしまう。衣服も手入れをしないと、いたむであろう。頭脳も、使って鍛(きた)えなければ鈍(にぶ)くなる。古いものは何でも “ 尊(とうと)し ” として、新しい息吹(いぶき)を取り入れなければ、どんな立派なものも、いつしか腐敗してしまう。この点だけでも、学会の前進が、どれほど仏法の本来の精神と時代の流れにかなったものか。


 さらに「まさに3千年の仏教の歴史から見て、創価学会の出現は、民衆の要請に応じた仏教正統の流れと見ることができる」と。

 「また葬儀についても、現在、創価学会の会員の皆さんが行っている友人葬や同志葬を、自信をもって進めていってほしいと思います。もはや今日(こんにち)では、出家者の存在意義もなくなっていますし、仏教本来の在(あ)り方からしても、僧侶がかかわらないのが当然のことです」


      「宗門問題の根本原因は法主の嫉妬」

 別の宗教学者からも次のようなコメントが寄せられた。


 「日蓮正宗が遅かれ早かれ解散勧告等の処分に出てくるとは思っていたが、何と馬鹿(ばか)なことをやったのかと、あいた口がふさがらない」

 「世界が開放の時代にあるのに反し、宗門は、まったく閉鎖的。『時代錯誤(さくご)』以外のなにものでもない」

 「正本堂(しょうほんどう)はじめ多くの寺院の寄進(きしん)、大石寺(たいせきじ)の寺域(じいき)の拡充、すべては創価学会の献身的な御供養(ごくよう)によるものだ。こんな不当な処置は、一般社会であったら、訴訟になって当然だ」

 「そのうえ、まだ宗門は懸命になって “ 取ろう ” としている。考えられないことだ」

 「池田名誉会長と創価学会の存在がなければ、日蓮正宗など一つのちっぽけな既成仏教で、だれにも知られることなどなかったはずだ」

 「その意味で、今回の宗門問題の根本原因は、日顕法主(ほっす)の嫉妬(しっと)以外の何ものでもない。池田名誉会長が、世界の識者と会われ、世界広布に尽力(じんりょく)して有名になられているが、そのことに対しても、 “ 古くからの法華講(ほっけこう)が、どうにもならないなか、ここまでやっていただいて本当に申し訳ありません。心より御礼申し上げます ” と感謝するのが、本来の宗教者ではないか」

 「それを自分たちが何もしないで、有名になりたいなどと考えているとすれば、“ 正宗 ” と名乗る資格はない。看板をはずすべきだ」


      「学会は宗教改革運動で今後も発展」

 さらに、この先生の声をそのまま伝えさせていただく。


 「社会的に見ても、法主の “ かまし ” 発言などは、一宗の管長(かんちょう)として、あまりにも品がなさすぎる」

 「言葉は悪いが、まるで “ どこかの組の偉い方か ” と、唖然(あぜん)とした」

 「また添書(てんしょ)登山への変更なども、結局は信徒に “ 大石寺に来るな ” と宣言しているのと同じであり、こんなひどい仕打(しう)ちはない。あまりにも非社会的だ。解散勧告にしても、添書登山にしても、信徒に対し “ 死ぬなら死ね ” と宣言しているに等しい。このような非社会的で、閉鎖的な教団が、民族や文化の異なる世界を指導することなど絶対にできない」と。

 そして「その意味で、今回の宗門問題は、仏教における宗教改革運動であり、時代の流れから見ても、創価学会の今後の発展は明らかだ」。

 「会員の中には、御本尊のことを心配する人たちもいると思うが、御本尊が本来、(日蓮大聖人のさとられた)宇宙の根本の法に基づくというなら、狭い日蓮正宗宗門だけの占有物(せんゆうぶつ)ではないはずである」


 学会員のことについて、 “ 正宗僧侶以上に ” 理解し、案じてくださっている。

 ヨーロッパの世界的宗教学者も「本山なら本山といった特定の場所に行かなければならないというような宗教は世界宗教とはなりえない」と断言している。

 この点、学会員は各家庭において御本尊を受持しており、世界宗教にふさわしい態勢(たいせい)の基盤が、すでにできあがっている。また受持(じゅじ)していない人は、御本尊まします会館や拠点に行くことができる。各家庭、各会館等の御本尊は大御本尊の “ 分身散体(ふんじんさんたい) ” の意義で、まったく同じ無量(むりょう)の功徳(くどく)を具(そな)えておられる。

 本来、御書に「此(こ)の御本尊全(まった)く余所(よそ)に求る事なかれ」、また「此の御本尊も只(ただ)信心の二字にをさまれり」(御書 1244 ㌻)と仰せの通り、御本尊は仏子(ぶっし)の “ 信心 ” に納(おさ)まり、 “ 胸中の肉団(にくだん) ”におわしますのである。

 また「観心(かんじん)の本尊」──わかりやすく言えば凡夫(ぼんぷ)が「信心」によって自身の仏界を涌現(ゆげん)し証得(しょうとく)するための御本尊であられる。この本義からみて、強盛(ごうじょう)なる「信心」があれば何の心配もない。必ず成仏できるのである。


 また、この学者は「教義の問題にしても、日蓮正宗に悪僧たちが出れば、信徒が護持(ごじ)していく使命があると確信していけばよい」、「 “ 日蓮大聖人の精神と教義の現代における正統は、創価学会にある ” との主張をしっかり訴(うった)えていけば、何の問題もない」と。

 また「学会には全国に会館がある。必要な宗教儀式は会館で行えばよい」「宗門が何を策(さく)してきても、創価学会には会員が動揺すべき要素は何ひとつないことを、一人一人が確信して発展していってほしいと願っています」と、励ましを送ってくださっている。


 知性の声、良識の声、社会の声──。私どもの「正義」に対する、一次元からの「証明」として紹介させていただいた。


      理不尽な圧迫にも “ 信仰を捨てなかった四条金吾 ”

 最後に、再び御書を拝したい。建治3年(1277年)7月、大聖人が四条金吾(しじょう・きんご)に与えられたお手紙である。

 当時、金吾は最大の苦難のまっただ中にいた。前年から、主君(江間〈えま〉氏)の圧迫は増大し、「減俸(げんぽう)」「領地替(が)え」の命が下り、さらに「所領没収」「追放」の恐れさえあった。そして、この御消息の直前には、 “ 無実の罪 ” を着(き)せられ、それを理由に、 “ 法華経の信仰を捨てよ ” と起請文(きしょうもん=誓約書)を書くよう命令された。(6月、大聖人門下の三位房〈さんみぼう〉が、鎌倉で人気のあった堕落僧・竜象房〈りゅうぞうぼう〉を、法論問答で徹底的に破折した〈桑ヶ谷(くわがやつ)問答〉。金吾も同席していたが、それを「金吾が竜象房の説法の場に押しかけ、暴力をふるった」と、事実無根の讒言〈ざんげん〉をされた)

 しかし、金吾は毅然(きぜん)として大聖人にお誓いした。「決して誓約書は書かない」「法華経は捨(す)てない」と──。この御消息は、その報告への御返事である。

 「度度(たびたび)の難・二箇度(にかど)の御勘気(ごかんき)に心ざしを・あらはし給うだにも不思議なるに、かく・ おど(威嚇)さるるに二所の所領をすてて法華経を信じ・とをすべしと御起請(ごきしょう)候(そうろう)事いかにとも申す計(ばか)りなし、普賢(ふげん)・文殊(もんじゅ)等なを末代(まつだい)はいかんがと仏思(おぼ)し食(めし)して妙法蓮華経の五字をば地涌千界(じゆ せんがい)の上首(じょうしゅ)・上行(じょうぎょう)等の四人にこそ仰(おお)せつけられて候へ・只(ただ)事の心を案(あん)ずるに日蓮が道をたすけんと上行菩薩・貴辺(きへん)の御身(おんみ)に入りかはらせ給へるか又教主釈尊(きょうしゅ しゃくそん)の御計(おんはから)いか、彼(か)の御内(みうち)の人人うちはびこつて良観・竜象(りゅうぞう)が計(はから)ひにてや・ぢやう(定)あるらん、起請をかかせ給いなば・いよいよかつばら(彼奴等)をご(驕)りて・かたがたに・ふれ申(もう)さば鎌倉の内に日蓮が弟子等一人もなく・せめうしなひなん」(御書 1163 ㌻)

 ──(日蓮の)たびたびの難、二度の御勘気(伊豆・佐渡の二度の流罪〈るざい〉)の折(おり)に、(在家の)あなた(四条金吾)が揺(ゆ)るぎない信心をあらわされたことさえ不思議であるのに、このように(主君から)おどされた時に二カ所の所領を捨ててまでも、法華経を信じ通すという誓状(せいじょう)を書かれたことは、言葉では言い表すことができないほど立派なことである。釈尊は、普賢菩薩や文殊師利(もんじゅしり)菩薩等でさえも、末法(まっぽう)の法華経弘通(ぐづう)にはおぼつかない(心配である)と思われて、妙法蓮華経の五字の流布を地涌千界(地涌〈じゆ〉の菩薩)の上首である上行菩薩等の四人に仰せつけられたのである。

 ただ、このたびのことの意味を考えると、日蓮の道(法華弘通の道)を助けようとして、上行菩薩があなたの御身に入りかわられたのだろうか。または、教主釈尊の 御計おんはから いであろうか。江間氏の御内(みうち)の(あなたを憎んでいる)人々が増長(ぞうちょう)しているのは、良観や竜象房が、きっと画策(かくさく)しているのにちがいない。もし、あなたが(信仰を捨てるという)起請文をお書きになったならば、ますます彼らは驕(おご)り高ぶって、方々に、それを吹聴(ふいいちょう)するであろう。そうなれば、鎌倉にいる日蓮の弟子等は、一人も残らずせめられ、いなくなってしまうであろう──と。

 大聖人は鋭く本質を見破られている。金吾に対する迫害の背後には、僣聖(せんしょう)増上慢の良観、また竜象房ら「悪侶」の黒い策謀が働いていると。

 しかし、いかなる脅迫まがいの圧迫にも、ひるむことなく「正しき信仰」を貫(つらぬ)き通す在家の金吾。その大強信(ごうしん)の雄姿(ゆうし)を、大聖人は最大に御称賛くださっている。 “ これこそ「日蓮の道」を助ける偉大な行動である ” と──。

 今も「方程式」は同じである。私どもの行動についても、大聖人が諸手(もろて)を挙(あ)げて、たたえてくださっていることは絶対に間違いない。


      仏の御計い──最良の方向と確信

 大聖人はさらに、こう仰せである。大変、有名な御文であるが──。

 「一生はゆめ(夢)の上・明日(あす)をご(期)せず・いかなる乞食(こつじき)には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず、されば同くは・なげきたるけしき(気色)なくて此(こ)の状に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつら(諂)はず振舞(ふるまい)仰せあるべし、中中へつらふならば・あしかりなん、設(たと)ひ所領をめされ追い出し給うとも十羅刹女(じゅうらせつ)の御計(おんはから)いにてぞ・あるらむと・ふか(深)くたの(恃)ませ給うべ」(同 1163~1164 ㌻)

 ──一生は夢の上の出来事のようにはかないもので、明日のことさえわからないものである。たとえ、どんな乞食になったとしても、法華経にきずをつけてはならない。それゆえ、同じくは、(あなたの決意はすでに定まっているのであるから)嘆いた様子を見せないで、この誓状に書かれたように、少しもへつらわずに振る舞い、語っていきなさい。なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって(状況は)悪くなるであろう。たとえ、所領を没収され、(土地を)追い出されようとも、それは十羅刹女(諸天善神)の御計いであるのだろう、と深く信をとり、十羅刹女にまかせておきなさい。

 もし日蓮(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの戦い(文永9年2月の北条一族の内乱〈二月騒動〉)に巻き込まれて、きっと打ち殺されていたにちがいない。今、あなたが江間家を追い出されることも、このまま江間家にとどまっていてはよくないだろう、という釈仏の御計いなのであろう──と。

 どのように圧迫されようとも、少しも嘆くことはない。 “ 三世永遠 ” から見下(みお)ろせば、 “ 一瞬 ” の出来事(できごと)である。断じて、へつらってはならない。卑屈(ひくつ)な振(ふ)る舞(ま)いを見せてはならない。

 この大聖人の仰せを、私どもは今一度、深く心に刻(きざ)んでまいりたい。とともに、仏法の眼(まなこ)から見れば、すべて深い意味がある。御本仏が厳然と創価学会を守ってくださっている。一切(いっさい)が「正義の証明」へ、「正義の勝利」へと動き、回転していることは間違いない。

 あとになれば、万事、一番、良い方向に進んだことがわかるのである。

 また「日蓮が道」を助ける──「広宣流布」という御本仏の御遺命(ごゆいめい)実現に働く私ども学会員には、必ず十方(じっぽう)の仏菩薩(ぶつ ぼさつ)、諸天善神(しょてんぜんじん)の絶大の加護(かご)がある。ゆえに、何があっても、朗(ほが)らかな「楽観主義」で悠々(ゆうゆう)と進んでまいりたい。


      正法ゆえの難は法華経への供養

 さらに大聖人は「此(こ)の陳状(ちんじょう)・人ごとに・みるならば彼等がはぢ(恥)あらわるべし、只(ただ)一口に申し給へ我とは御内(みうち)を出(いで)て所領をあぐべからず、上(かみ)より・めされいださむは法華経の御布施(ふせ)・幸(さいわい)と思うべしと・ののしらせ給へ、かへすがへす奉行人(ぶぎょうにん)に・へつらうけしき(気色)なかれ、此(こ)の所領は上(かみ)より給(たび)たるにはあらず、大事の御所労(ごしょろう)を法華経の薬をもつて・たすけまいらせて給(たび)て候所領なれば召(め)すならば御所労こそ又かへり候はむずれ、爾時(そのとき)は頼基に御たいじやう(怠状)候とも用ひまいらせ候まじく候とうちあて・にくさうげ(憎体気)にて・かへるべし」(同 1164 ㌻)

 ──この陳状(「頼基陳状」のこと。四条金吾の正義を訴えた主君への陳述書。大聖人が代筆された)を人々が見るならば、(策謀した)彼らの恥(はじ)がはっきりと表れるであろう。

 あなたは、ただ一口に申しなさい。「自分から江間家を出て、所領を差し出す気持ちはありません。主君から取り上げられるならば、それは法華経への御布施であり、幸いと思います」と言いなさい。くれぐれも奉行人に、へつらうような様子があってはならない。「この所領は、主君からいただいたものではありません。主君の御病気を法華経の大良薬をもって助け奉って、いただいた所領ですから、それを取り上げるならば、また御病気が再発するでしょう。その時になって、頼基(金吾)に謝罪されても、もはや用いません」と、言い放(はな)って、憎々(にくにく)しげに帰りなさい──。

 正法ゆえの迫害で何かを取り上げられても、それは「法華経への御布施」となる──ゆえに大功徳となるのである。また本来、私どもの御供養は、すべて御本尊、そして大聖人に御供養したものである。その「信心」に「大福徳」が伴(ともな)うことは間違いない。

 一方、その「真心」を裏切(うらぎ)り、「大聖人への御供養」を、私物化(しぶつか)し、横領(おうりょう)するようなことがあれば、因果(いんが)の理法で厳然(げんぜん)と裁(さば)かれるであろう。


      仏法は一切衆生を幸福に

 世界は広い。大きい。60億もの人間が、それぞれ「幸福」を願い、「希望」を抱(いだ)いて、それぞれの人生を生きている。

 いわんや「幸福」になるための信仰である。仏法である。大聖人はこの信心で「釈尊(しゃくそん)程(ほど)の仏にやすやすと成り候なり」(御書 1443 ㌻)と仰せである。一切衆生(いっさい しゅじょう)を仏に──これが御本仏の御心(みこころ)であられた。

 信徒をいじめ、苦しませる──そんなものが大聖人の仏法であるはずがない。日蓮門下の「正統」であるはずがない。大聖人の御精神とは「無縁(むえん)」の仏法破壊の輩(やから)など、悠々(ゆうゆう)と見下(みお)ろし、我が人生を飾(かざ)っていけばよいのである。何一つ、心配する必要はない。学会は何も困らない。
学会にこそ、大聖人の「正統」がある。歓喜と勇気に満ちた「正法の世界」、希望に燃えた「正しき信心」がある。人生を最高に遊楽(ゆうらく)できる「正しき道」がある。私どもは、この「大確信」で、我が創価学会の「栄光の道」を、楽しく、堂々と進んでいきましょう!

 大学会の皆さん、本当にご苦労さま! また、「渋谷ここにあり」との雄姿(ゆうし)を示してくださった渋谷の皆さまも、ご苦労さまでした。全国の皆さま、きょうは、ありがとう! おめでとう!

            ( 『池田大作全集』第79巻より )

https://www.evernote.com/shard/s69/sh/7382d51a-9dc8-4e15-a2ee-38b84706d0e1/cad7fb705e99609f



[16] 『随筆 新・人間革命』73

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月 3日(日)04時02分7秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

◎『随筆 新・人間革命』73


      新世紀の黎明・千葉

      誉れの門下よ 一生を勝利で飾れ

 春光とともに、不滅の4月2日がやってくる。

 我らにとって、忘れ得ぬ師弟の誓いのその日がやってくる。


 妙法に包まれた一家!

 蓮華に包まれた一家!

 「冬は必ず春となる」(御書 1253 ㌻)とは、天然の法理である。

 難を忍(しの)んで打ち勝ち、永遠の幸福を築くのが、仏法であり、信心である。

      ◇

 1959年(昭和34年)の4月――。

 それは恩師が逝(ゆ)いて、はじめて迎える桜の季節であった。

 私は、千葉へ、広宣流布の転戦を進めた。

 千葉市中央区(現在)の教育会館での会合へ向かう途中、幕張(まくはり)の海岸で、懐(なつ)かしい海苔(のり)の養殖場の光景が、目にとまった。

 私は、同行の青年に語った。


 「海苔は、手が凍(こお)りつくような冷たい海水の中で育つ。

  水が冷たければ、冷たいほど、芳(こうば)しい海苔となる。

 人材の育成もまた、方程式(ほうていしき)は、それと同じではないだろうか」と。
      ◇

 大聖人は仰せである。

 「日蓮は安房の国・東条片海(かたうみ)の石中(いそなか)の賤民が子なり威徳なく有徳のものにあらず」(御書 883 ㌻)

 千葉の天地の貧しき無名の庶民であることを、大聖人は、最大の誇(ほこ)りとされた。


 この千葉の地で、2千年前の蓮華の種(たね)が発掘されたのは、戸田先生が第二代会長に就任した1951年(昭和26年)のことであった。

 この有名な大賀(おおが)ハスが、立宗七百年にあたる翌年、見事に開花した。

 戸田先生は、これぞ、蓮華の法である日蓮仏法が大興隆しゆく瑞相(ずいそう)なりと、それはそれは喜んでおられた。

 一説には、「千葉」という名前それ自体が「干葉(せんよう)の蓮華(れんげ)」に由来(ゆらい)するといわれる。

 古文書(こもんじょ)には、「池田の池とて清浄の池あり。此(こ)の池に蓮(はす)の花 千葉(せんよう)に咲(さ)けり」等と記(しる)されていた。

 蓮華といえば、茂原(もばら)の同志とどが、すばらしい蓮華の花を届けてくださっている。

 ある時は、私は、真心に感謝しつつ、即座(そくざ)に詠(よ)んだ。


  荘厳な
    蓮華の姿の
         偉大さは
     皆さま方の
         当体義抄(とうたいぎしょう)か

      ◇

 時移り、1991年(平成3年)の11月――。

 “ 衣(ころも)の権威 ” で信徒の奴隷化(どれいか)を狙(ねら)う、魔性(ましょう)の日顕宗と戦い、学会は、最初の創立記念日を迎えようとしていた。

 「創価ルネサンス」の開幕となった、この新しき創立の日を祝賀してくださった
方々こそ、わが千葉の友であった。

 11月16日。千葉市の千葉ポートアリーナで、6,500人の青年が文化友好祭を開催したのである。多くの来賓を迎え、絢爛(けんらん)たる乱舞(らんぶ)を、千葉の同志は、歌い舞った。

 宗門から学会に、解散勧告書(かいさん かんこくしょ)が送りつけられてきたのは、この一週間前のことである。

 もとより学会は、独立した宗教法人であり、まったく無意味な通知であった。また、社会の常識からかけ離れた、勧告書の内容は、物笑(ものわら)いになっただけであった。

 ともあれ、解散勧告の直後ということもあり、学会の動向は注目を集め、この千葉の文化友好祭には、多数の報道関係者も取材に来ていた。

 その注視のなか、青年の熱とカは、厳然たる学会の勝利と正義を、堂々と示しきったのである。多くの来賓方が、心から驚かれていたようだ。


 19世紀のドイツ最大の、革命とロマンの詩人ハイネは言った。

 「ぼくは革命の子だ」

 「ぼくは全身、よろこびと歌、全身、剣と焔(ほのお)だ!」(井上正蔵訳)
      ◇

 ある仏教学者が、 “ どうして、日顕宗は狂乱坊主(きょうらん ぼうず)の集団になってしまったのか。供養(くよう)を取るだけ取って、大功労者である学会を、一片(いっぺん)の通知だけで切り離すとは、何たる狂気の沙汰(さた)か ” と。

 しかし、学会は強かった。

 微動(びどう)だにせぬ不動の姿に、日本中の宗教界は驚いた。


 なぜ、宗門は狂ったか。

 法華経に照(て)らし、御聖訓(ごせいくん)に照らすならば――

 「我慢偏執(がまん へんしゅう)」であるが故に、

 「軽善憎善(けいぜん ぞうぜん)」であるが故に、

 「嫉善恨善(しつぜん こんぜん)」であるが故に、

 「悪人親近(あくにん しんごん)」であるが故に、

 「邪智諂曲(じゃち てんごく)」であるが故に、宗門は、瓦解(がかい)した。

 それに対し、

 「如説修行(にょせつ しゅぎょう)」であるが故に、

 「法華折伏(ほっけ しゃくぶく)」であるが故に、

 「破邪顕正(はじゃ けんせい)」であるが故に、

 「死身弘法(ししん ぐほう)」であるが故に、

 「当如敬仏(とうにょ きょうぶつ)」であるが故に、学会は大発展を続けている。

      ◇

 私と千葉の皆様の思い出は、限りない。

 わが青年部と共に、銚子(ちょうし)や富津(ふっつ)で語り合ったこと。また千葉の広宣流布の草創時代から、浦安(うらやす)や佐原(さわら)に走り、船橋(ふなばし)や市原(いちはら)に駆(か)けたこと。そして、市川(いちかわ)、松戸(まつど)、柏(かしわ)、野田(のだ)、佐倉(さくら)、勝浦(かつうら)、天津小湊(あまつこみなと)、大原(おおはら)等の同志と語り合ったことも、懐(なつ)かしい。

 さらに、成田(なりた)は、世界への飛翔(ひしょう)の窓口である。

 今、館山(たてやま)には、 “ 菜(な)の花 ” に包まれた、王者の千葉研修道場も完成した。

 千葉の舞台は、いつも何かが躍(おど)り出るが如(ごと)く、賑(にぎ)やかである。永遠に、新鮮な旭日(きょくじつ)の昇(のぼ)る勢いが感じられる。

      ◇

 末法の御本仏・日蓮大聖人が、東天(とうてん)に向かいて、大宇宙に南無妙法蓮華経の宣言をなされた御姿と魂(たましい)を、断じて忘れてはならない。

 千葉の同志は、大聖人の直結の門下の誉(ほま)れと魂を受持(じゅじ)して、この誇(ほこ)り高き一生を飾り、三世にわたる栄光を胸に抱(いだ)きながら、前進されんことを祈りたい。

            ( 1999年3月30日付「聖教新聞」より )

https://www.evernote.com/shard/s69/sh/ebbec2a2-efa3-4446-9a02-1bd7627f6f45/8fba5b1904df9a47



[15] 成長と幸福は「挑戦」の中に

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 6月 3日(日)03時54分31秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

〈池田大作先生 四季の励まし〉
成長と幸福は「挑戦」の中に
聖教新聞2018年6月2日付



 大宇宙の万物が、挑戦を続ける。
 花は、
 懸命に深雪を割いて新芽を出し、
 波は、
 体当たりを重ねて巌を削り、
 太陽は、
 日々、暁闇を破って躍り出る。
 人が見ようが、見まいが、
 己が使命を果たさんと、
 黙々と、忍耐強く、
 労作業を繰り返す。
 挑戦! 挑戦! 挑戦!
 それが、
 “生きる”ということなのだ。

 まず一歩を踏み出すのだ。
 うまくいかないことがあっても、
 「よし!」と思い直して、
 何度でも挑戦すればいい。
 その連続の中に
 成長があり、幸福もある。

 人生には、挫折もあれば
 行き詰まりもある。
 そうした時に、
 何ものにも負けない強さをもち、
 それを堂々と
 乗り越えていけるかどうかに、
 幸・不幸の鍵がある。
 そこに、
 仏法を求めざるをえない
 理由がある。

 信心ある限り、
 人生の不遇も、失敗も、
 すべて
 生かし切っていくことができる。
 ゆえに、
 仏法者に行き詰まりはない。
 「ただ唱題」「ただ、ただ広布」
 ――その炎のごとき一念と実践が、
 暗夜を開いていくのだ。

 大事なのは
 「今から」の決意だ。
 「これから」の行動だ。
 その連続闘争が、
 大きな歴史を築く原動力となる。

 凜として咲く大賀ハス。千葉・茂原文化会館の「会館守る会」の友が、丹精込めて育てたものである。2007年(平成19年)7月、池田大作先生が都内でカメラに収めた。さらに「美事なる/蓮華の花の/大勝利」との句などを贈り、不屈の敢闘精神で前進する同志をたたえた。
 泥沼から美しい花を咲かせるハスのように、負けじ魂を燃やし、現実変革への挑戦を続ける中に“幸福の花”は咲き薫る。さあ、きょうも挑戦の一歩を踏み出そう。



[14] 池田会長、創価運動の基調五項を講演

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 5月31日(木)19時35分6秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

池田会長、創価運動の基調五項を講演
第39回本部総会/昭和51年10月24日/札幌文化会館

「創価学会の理念と伝統を継承し永遠に仏法中道を進もう」聖教新聞社刊

五項目の基本理念

一、創価学会は、永遠に民衆の側に立つ

一、創価学会の実践は、人間革命の運動である

一、創価学会は、仏法中道の大道を歩む

一、創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある

一、創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する



 創価学会の根本路線―信行学



 「教学の年」への門出となる本部総会を初代会長・牧口常三郎先生、第二代会長・恩師戸田城聖先生が、ともに向学の志に燃えて青年時代を過ごされたゆかりの地・北海道で開催しえましたことに、不思議の感を禁じえません。

 私は何十回となく、今まで北海道にまいりましたが、やはり初めてこの地を踏んだときの印象には強いものがあります。

 それは、昭和29年の夏、戸田先生と一緒に厚田村を訪れたときでした。

 先生は、出獄後、初めて故郷に帰られるとあって、まことに感慨深いものがあるようでした。私は26歳、先生が54歳のときです。

 太陽が青空に照り輝く、8月の暑い日でした。今は道路も舗装されていて、この札幌から車で1時間ぐらいで行けますが、当時は、ほこりの立つ山道を疾駆し、石狩川も渡し船のため、3時間はかかりました。

 途中、とうもろこしをごちそうになったりしながら、少年時代の思い出をいろいろと語ってくださいました。

 ――当時、小学校の授業が終わると、担任の先生と一緒に、海岸沿いに海を見ながら歩いていって、ルーランの奇勝といわれる面白い形をした岩が海中に突き出ているところに行っては腰を下ろし、そこで先生に本を読んでもらったり、ゆうゆうたる日本海の水平線のかなたを眺めながら「あの海の向こうには、アジアの大陸があるんだよ。そこにもたくさんの民衆がいるんだ」と聞かされては、少年の大いなる夢をふくらませたりしていた。このような話をされながら、戸田先生ご自身も、大変にうれしそうにしておられたことを、なつかしく思い起こすのであります。

 厚田村に着いて、宿舎に荷物を置くと、戸田先生は私に「厚田村の様子を見ていらっしゃい」と言われるので、私は、一人で海岸へ行ったり、厚田川のほとりを歩いたり、散策をしました。その第一印象は、貧しい小さな海辺の村といった感じでした。貧しく小さいといえば、当時の創価学会もほんとに小さい存在でしかありませんでした。社会においても「なんの学会ですか」と、その名を聞かれるぐらいのものでした。

 私は、厚田港の岬に立って、恩師の少年時代に思いをはせ、また、創価学会の未来を描きながら“今に見ていよ、十年後を見よ、二十年後を見よ”と決意いたしました。また“庶民の団結こそが、世界の平和を生み出していくのだ”と、深く、強く自らにいいきかせ、ひとり大声で、日本海に向かって叫んだことを覚えております。

 感無量の想いや誓いを、いろいろと交錯させながら、東京に帰ってから、恩師の故郷を歌に詠んだのが「厚田村」の詩であります。「権威の風に 丈夫は 征けと一言 父子の譜」とは、そのときの私自身の決意でもありました。

 時移り星流れ、あれから22年、私は、あのときの戸田先生の年齢に少しずつ近づいている自分自身を発見し、やや驚くとともに、あの青春の決意のままに、皆さん方とともどもに、ただ懸命に広宣流布の道を疾駆できえたことを喜んでおります。私にはなんの悔いもありません。

 昭和54年は、創価学会にとって、また一つの大きな節を迎える年でありますが、そのときは私は51歳。戸田先生が会長に就任された年齢であります。いよいよこれからであると私は思っております。皆さん方も、大いなる勇気と希望をもって、ゆうゆうと、ともどもに進んでいっていただきたいのであります。今後とも、どうかよろしくお願いします(拍手)。

 「教学の年」の意義については、すでに活動方針、教学部長、北条理事長の話等に尽くされていますし、私もこれまで、あらゆる機会に申し上げてきましたとおりであります。



 基本は「勤行」「座談会」「教学」



 いうまでもなく、創価学会の根本路線は、どこまでも正法の「信行学」の実践に尽きるのであります。その「信」の対象は、日蓮大聖人即久遠元初の南無妙法蓮華経如来たる御本尊であります。

 「行」は、末法御本仏日蓮大聖人の仰せどおりの如説修行であります。

 「学」ぶのは、日蓮大聖人の経典・御書であります。ゆえに、勤行、座談会、教学の三つこそ、創価学会の絶対の柱なのであります。更に、創価学会の運動の基調は、この信行学を根本とした、個人における物心両面にわたる幸福の実証であるとともに、社会全体の平和と文化の推進であります。

 これこそが、日蓮大聖人の「立正安国」のご精神であり、それを身をもって実践し、万年の未来へ鏡として残されたのが、初代会長・牧口常三郎先生、第二代会長戸田城聖先生でありました。

 すなわち、創価学会は再三申し上げているごとく、仏法を基調とした平和・文化推進の団体なのであります。これ以外に仏法を社会に展開して昇華させていく道はありません。

 私もまた、この精神と路線を受け継ぎ、心血注いで実践してまいりましたが、創価学会員であるならば、永久に、この理念と実践の原点を見失ってはならないと、この席を借りて申し上げておきたいと思いますが、いかがでしょうか(拍手)。

 そこで、以上の創価学会の大綱の路線を根本として、この現実社会における展開の基本理念として、次の五点を明確にし、皆さま方の賛同を得られれば、不変の創価学会精神として定めておきたいのであります。

 それは、

 一、創価学会は、永遠に民衆の側に立つ。

 一、創価学会の実践は、人間革命の運動である。

 一、創価学会は、仏法中道の大道を歩む。

 一、創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある。

 一、創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する。

 以上の五項目であります。

 それぞれの具体的問題については、これまでの総会でも、種々論じてまいりました。ある意味では、きょうの話は、これまで述べてきたことを総括する形になるとともに、それを根本精神としておきたいのであります。



 創価学会は、永遠に民衆の側に立つ



 まず、第一の永遠に民衆の側に立つという点について述べてみたい。

 「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書全集1174ページ)との「三種財宝御書」の有名な御金言のごとく、創価学会は、あくまで人間尊重の旗を掲げ、なかんずく庶民、一般民衆を守り大事にしていくのであります。

 日蓮大聖人ご自身、漁師の子として出生されたことを折にふれ述べられております。それは、ご自身が、民衆の側に立っていることを明らかにされたものであるとともに、この仏法の実践者は、永久に民衆の中に生き、民衆のために戦えとのご遺命と拝することが正しいと思うのであります。

 「佐渡御書」には「貧窮下賎の者と生れ旃陀羅が家より出たり」(同958ページ)と仰せられ「本尊問答抄」には「片海の海人が子なり」(同370ページ)と「善無畏三蔵抄」には「片海の石中の賎民が子なり」(同883ページ)等と述べられているのが、それであります。

 そして、更に、その実践も、生涯、苦悩に沈む民衆を救うことを第一義とされました。御書一つを例にとっても、その大半は在家の人々に対する指導のお手紙であります。その数は、断簡を除いても、実に四百数十編を数えるのであります。しかも、その一編一編は、皆さんご存じのように、一介の庶民の胸奥に迫り、その人が抱えた悩みを、その人以上の深い思いで悩み、解決への指針を与えておられるのであります。

 また、漢文が、知識階層の主流をなしていた当時にあって、仮名文字によってお手紙をしたためられた事実を通しても、大聖人の民衆の中にあっての実践が眼目であったことが、明らかであります。

 更に、大聖人出世のご本懐たる弘安2年10月12日の大御本尊の建立が、熱原法難を機縁とされたことに典型的にあらわれているといえましょう。

 周知のように、熱原法難は、日興上人を中心とする弟子の戦いによって起こった大難であり、それを受けた中心者は、弟子のなかでも、社会的には、なんの権力も財力もない無名の庶民、農民たちでありました。

 神四郎、弥五郎、弥六郎という農民信徒の殉教を大御本尊ご図顕の機縁とされたところに、私は深い意義があると思うのであります。

 それは、農民であれ、漁夫であれ、自ら汗して働き、生産にたずさわる庶民こそ、民衆救済の代表とされ、その不惜の信心を観ぜられ、一閻浮提総与の大御本尊をあらわされたという事実であります。

 この一事を通してみても、日蓮大聖人の庶民を最も大切にされたお心は、明白であり、それは、一閻浮提の一切民衆を救う根本の本門戒壇の大御本尊として、永久に確立されていると拝すべきであると思います。

 一般的にいって、信仰が死滅するときは、この「庶民を最も大切にする心」が失われたときであることは、すべての歴史が証明しております。現在の既成仏教は、僧侶が寺にあぐらをかいて葬式仏教になりさがっております。ここに庶民の宗教心がなくなっている原因があります。

 いかなる宗教においても、聖職者が、権威をかさに信者のうえに君臨する場合、民衆の信仰心は薄れ、その宗教は死滅するのであります。

 日蓮正宗創価学会が、大聖人の教えを実践・折伏することによって、庶民のなかに信仰心が盛んになったということは、事実が証明しているとおりであります。宗教者は、どこまでも人民の側に立つことが必要なのであります。仏教の教典のなかにも、民衆とともに生きた一人の仏法者の姿が、見事に描かれたものがあります。

 有名な「維摩経」という経典の主人公は、大乗菩薩の一人とされる維摩詰であり、彼は在家の長者とされております。

 この維摩詰が、あるとき、病気になったといううわさを耳にした釈尊が、さっそく十大弟子に見舞いに行くように促した。ところが舎利弗をはじめとして、十大弟子のすべてが辞退したというのです。

 舎利弗といえば、当時の宗教界にあって、その名声をほしいままにした秀才であり、釈尊の門下になってからも、知恵第一とうたわれた高弟であります。その舎利弗が辞退したのをみた釈尊は、驚いてその理由をただした。舎利弗の言によれば、自分は、かつて維摩詰と仏法の対話をして、厳しくやりこめられたというのであります。そのとき、自分は、自己のための修行にせいいっぱいであったのに、維摩詰は、民衆の救済に自在な活動を展開していたことに敬服し、恐れをなしてしまったと述懐したのであります。

 そこで、釈尊は、最後に、文殊菩薩に病気見舞いを託したというのであります。

 維摩詰の病気見舞いをした文殊は「是の疾何なる所に因りて起れるや」と質問した。あなたの病気の原因は、いったいどこにあるのですか、との問いであります。

 維摩詰は「衆生病むときは則ち菩薩も病み衆生病愈ゆれば菩薩もまた愈ゆ」と応答したというのであります。更に、維摩詰は「菩薩の病は大悲を以って起れるなり」といいきったという。

 私は、この言葉のなかに、民衆の苦悩を自ら引き受けて、一人の人間として戦う仏法者の姿をみることができると思うのであります。

 維摩詰は、衆生の病をいやすために、民衆のまっただなかに飛び込んでいった。

 苦悩の民衆があれば、どこにでも維摩詰は姿を現し、烈々たる気迫で法を説いたのであります。経典によれば、教育の場、庶民の座談の場、あらゆる職場、飲食店にまで入り込んで法を説いたと記されております。まことに、二千年の歴史を隔てても今日の私どもの胸にダイレクトに響いてくる物語であります。



 創価学会の実践は、人間革命の運動である



 第二に、創価学会の実践は、人間革命運動であることについて申し上げたい。

 創価学会の今日までの歴史を振り返り、未来の役割を思うにつけ、まさしくその最大の特色は「人間のための宗教」の旗を高く掲げてきた点にあるといえるのであります。

 多くの識者が言っているように宗教には大別して「権威のための宗教」と「人間のための宗教」の二つがあります。私もそのように思います。過去の宗教運動は、ともすれば神なりなんなりに絶対的な権威にまつりあげ、人間はその宗教的権威の従属下におかれがちでありました。すなわち「権威のための宗教」であり、人類史を暗く彩る幾多の宗教戦争なども、その本末転倒から発しているといっても過言ではありません。

 かのルソーは、名著「社会契約論」のなかで、こうした宗教戦争を非難しつつ「人間が神々のために戦う」ことの愚かさを指摘していますが、以来二百数十年を経た現在も、その本末転倒が正されたとは決していえないのであります。

 たしかに宗教そのものは、キリスト教に限らず、絶対的権威として人間に君臨していた昔日のおもかげは全くありません。しかし、それに代わって科学や国家権力や核兵器などが、神なき時代の神々として、いまだに人類を覆っている昨今であります。

 我々の主張する「人間のための宗教」とは、このような宗教、もしくは似非宗教的権威と人間との関係を逆転させ、あくまで人間こそ一切の主役なのであるという軌道へと、人類史を向けていく戦いなのであります。必ずやこの大運動を後世の歴史家たちは称賛するであろうことは間違いないと私は深く信じております。

 もし権威というのであれば、人間それ自体に内在する最も清らかで、最も力強い仏界という生命こそ、最高の権威でなければならない。その仏界を湧現させる戦いが、ほかならぬ人間革命運動なのであります。

 ゆえに、私どもの教学運動といっても、それは人間の生命変革のための運動でなければならない。人間革命のための教学、人間の生命変革のための教学、自身の境涯を開き、また民衆救済のための教学でなければならないと申し上げたいのであります。

 人間革命についての依文として、あまりに有名な一節でありますが、次の御金言を拝しておきたい。

 「譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(同384ページ)

 信仰によって、自身をみがくことが即身成仏、すなわち現代語でいえば、人間革命なのであります。「一念無明の迷心」をみがき「法性真如の明鏡」とするとは、仏界の生命を顕現するということであります。

 では、仏界の生命をあらわすとはどういうことか。汝自身がどこまでも成長し向上しようとする強い自己主体の確立――つまり「上行」であり、あらゆる場合にあっても行き詰まることのない知恵と力を発揮していくこと――これを「無辺行」というのであります。更に、人生・社会のいかなる苦難にあい、どのような状況に陥っても、貪瞋癡等の汚れに染まることなく、すべてを楽しみきっていける人生、生命、これが「浄行」「安立行」であります。この四菩薩の生命に象徴される特質が、一身にそなわってくるのであります。

 法華経の涌出品では、この四菩薩を上首として、六万恒河沙の地涌の菩薩が、大地から陸続と出現する情景が説かれております。法華経には、文殊、弥勒、薬王、観音等々の大菩薩が、雲のごとく現れますが、上行、無辺行、浄行、安立行というように、すべて「行」という一字をもって誕生するのは、地涌の菩薩のみであります。

 これは「行」、すなわち実践こそが地涌の菩薩の生命であり、魂であると拝することができる。そして迹化の菩薩は、本化地涌の実践に耐えることができないということを、いみじくも表しているといえるのであります。ゆえに、もし大聖人の仏法者として実践を忘れてしまうならば、それはすでに迹化の菩薩であると、断ぜざるをえないのであります。

 この地涌の菩薩の偉大なる力は、実践を通じてのみ、生命の大地をたたき破って顕現されるものであり、我らが目指す「人間革命」も、この一点から演繹され、達成されていくわけであります。



 「師弟」の中に真の仏法修行



 この自己の境涯革命、そして、人間革命のために、重要になってくるのが「師弟」という問題であります。御本尊への唱題、広宣流布への実践によって、根本の生命変革をなしながら、人間としての一層の向上と練摩(磨?)のためには、人間対人間の現実的な関係性が不可欠となってくるのであります。

 それが、組織のなかにおける人間関係であり、また、職場や地域における人間関係であるとともに、特に大事なのは、師弟という関係であります。

 芸術や技能、学問の道においても、自己をみがき、向上を図るために、師弟関係はなくてはならないものであります。まして人間道ともいうべき仏法の修行において、師弟が重要であることは、いうまでもないところでありましょう。大聖人は次のようにいわれております。「設ひ父母・子をうみて眼耳有りとも物を教ゆる師なくば畜生の眼耳にてこそあらましか」(同1248ページ)

 これは、信仰を持続するうえにあたって極めて重要なことであります。動物にも親と子の関係はあります。親が子をかわいがり、子が親を慕う関係はあります。しかし、師と弟子の関係は、動物の世界にはありません。この師弟の関係というものは、人間のみにあるものであります。

 かつて戸田前会長が最もご尊敬申し上げていた堀米日淳上人は、このように御説法くださったのであります。

 「戸田先生は師弟の道に徹底されておられ、師匠と弟子ということの関係が、戸田先生の人生観の規範をなしており、このところを徹底されて、あの深い仏の道を獲得されたのである」

 また「創価学会は何がその信仰の基盤をなすかといいますと、この師匠と弟子という関係をはっきりと確認し、そこから信仰を掘り下げていく、これが一番肝心なことだと思う。今日の創価学会の強い信仰は、一切そこから出てくる。戸田先生が教えられたことは、これが要であろうと思っております。師を信じ、弟子を導く、この関係に徹すれば、仏法を得ることは間違いない」。

 さらに「戸田会長ほど初代牧口先生のことを考えられた方はない。親にもまして初代会長に従ってこられた」と語られ、最後に「この初代会長、二代会長を経て、皆さま方の信仰のあり方、また今後の進み方の一切ができ上がっている」と結論づけられておられました。

 ともあれ、少々長い引用になりましたが、日淳上人は師弟に徹するなかに信心はある、仏の道は得られる、そして初代、二代会長の師弟のなかに、創価学会の進み方の一切があることを明言されているのであります。

 まことに、師弟のなかにしか仏法はなく、成仏の道も、その一点に尽きるという一面を、お説きくださったのであります。

 私どもの生命の根源的練摩のための根本の師は大御本尊、そして御本仏日蓮大聖人であられます。三世にわたる永遠の師は、これ以外にありません。そのうえに立って、この現実社会に御本尊を教え、御書を身をもって教えてくださった初代会長・牧口先生、二代戸田先生は、私どもの人間革命の先駆者であり、広布弘教の師であることを、ゆめゆめ、忘れてはならないと申し上げておきたいのであります。



 創価学会は、仏法中道の大道を歩む



 第三に、創価学会は、永遠に仏法中道の大道を歩むということであります。

 ご存じのように、仏法では円融三諦の原理が説かれております。三諦とは、第一に空諦、すなわち万法の一切の性分のことであり、人間が話をしたり、花が咲いたりする、生きていくうえでの知恵の発露をさしている。第二に仮諦とは、五蘊仮和合といわれているように、人間なり、花なりの現実の姿であります。第三に中諦とは、空仮二つの側面にもかかわらず、それらの本源に厳然として存在する、不変の生命であります。円融三諦とは、これら三つの側面をあますところなく洞察する知恵をいうのであります。そして、これが、仏法中道ということなのであります。



 「円融の三諦」を現代に展開



 この空仮中の三諦を、現代的に読めば、私は、次のようにいうことができると思う。

 すなわち、空諦とは知恵の発露ですから、進歩であり活力であります。仮諦とは、仮和合の現実の姿ですから調和であります。実際、現実をながめてみれば、人間の体にしても、人間と自然の関係にしても、刻々と変化しながらも、なにひとつ調和を欠いて存在することはできません。第三に、中諦とは不変の生命ですから、根源・一切の成り立つ原点ということができます。

 ひるがえって現代社会の動向を見れば、進歩もしくは活力、調和、そして原点の三つのうち、どれ一つ欠けても、社会の健全たる発展はありえないといえます。例えば、原点なき調和は、なれあいの妥協となる。また、進歩なき調和は、停滞であります。更に、調和の視点を欠いた進歩、発展が、社会にさまざまな歪みや、アンバランスをもたらすことは、近代の物質文明の偏ぱが、なによりも雄弁に物語っているところであります。

 そして、社会のよりよき生々発展を支える原点、調和、進歩もしくは活力の三つを、ともに備え、円融にして円満なる大宇宙の本源の当体こそ真実の中道であり、即南無妙法蓮華経なのであります。御義口伝に「此の円融の三諦は何物ぞ所謂南無妙法蓮華経是れなり」(同717ページ)とあるとおりであります。このように円融三諦即南無妙法蓮華経という視点のごとく、一切の事象は無数の河川となって、妙法という一つの大海に注がれていくのであります。

 経文にいわく「無量義は一法より生ず」と。また、釈にいわく「百千枝葉同じく一根に趣くが如し」とあります。思想であれ、イデオロギーであれ、およそ、あらゆる人間の所作は、すべて根源の「一法」「一根」より生じたものであるとして、包括的にとらえ、静的に、動的に、それらを止揚しつつ、正しい位置を与えていくのが、仏法中道の大道であると申し上げたいのであります。

 近代文明をリードしてきたヨーロッパの思想の流れをあらあら俯瞰してみても、あるときは、プラトンのイデア論やキリスト教の霊魂不滅の流れをひく唯心論哲学が、隆盛をきわめておりました。19世紀中葉以降、それに代わるものとして、華々しく登場したのが、唯物論であることも、周知の事実であります。20世紀にあっても、第二次世界大戦後の一時、実存主義が、唯心論、唯物論に代わる“第三の哲学”として脚光を浴びたこともありました。それも束の間、現在では、実存主義から構造主義への移行ということがいわれはじめています。

 まことに変転常ならね様相でありますが、結論的にいえば、私は、それらの思想は、いずれも「無量義」の一分を説いたものにすぎないと思うのであります。もとより先人の労苦を認めないわけでは毛頭ありません。

 しかしながら、総じて現代文明そのものが、ぬきさしならぬ袋小路に入り込んでしまっている現実が示唆するものは、それらの哲学が、もはや現代において文明転換のテコになりえないという事実であると思うのであります。

 そこに「一法」の高みから「無量義」を止揚し「百千枝葉」を「一根」に位置づける仏法中道の哲理が、現代文明の前途に、深く蘇生の光を与えることのできるゆえんがあると申し上げておきたい。

 時代は、さまざま紆余曲折をたどりながらも、中道へ中道へと動いていくでありましょう。私どもはこの大道しか、人類の活路はないとの強い信念で、社会のなかに、民衆中道ともいうべき深い、広範な大河の流れをつくっていきたいと思いますが、皆さんいかがでしょうか(拍手)。



 創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある



 次に第四点の「平和を守り、文化を興隆」することについて北条理事長の話等と重複いたしますので、簡単に申し上げたい。

 平和にせよ、真実の文化にせよ、生命が無上の宝であるとすることによって成り立つものであります。

 白米一俵御書に「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」(同1596ページ)と仰せの通りであり、ゆえに、これを奪うこと、つまり殺生は最も重い罪をつくることになるのであります。

 御書には、次のように述べられております。「有情の第一の財は命にすぎず此れを奪う者は必ず三途に堕つ、然れば輪王は十善の始には不殺生・仏の小乗経の始には五戒・其の始には不殺生、(中略)法華経の寿量品は釈迦如来の不殺生戒の功徳に当って候品ぞかし、されば殺生をなす者は三世の諸仏にすてられ六欲天も是を守る事なし」(同1132ページ)と。

 この生命の尊さを真に感じ、因果の理法の厳しさを覚知するならば、殺生の大罪たる戦争を起こすことは、断じてできないはずであります。私ども仏法をたもつ者が、なさねばならない第一のことは、釈尊の不殺生戒の功徳に当たるといわれた寿量品の、さらに文底肝心の妙法をもって、殺生の大罪を犯す愚かさを見抜く英知と、これを食い止める清らかな生命力をすべての人々の心中にわきださせることであります。



 「権力闘争の世界に幸福はない」



 牧口初代会長は「創価学説の目的とするところは、個人にとっても社会にとっても、全人類の一人一人が無上最大の幸福を獲得するにある」と規定され、更に「世界の文化が、いくら発達しても。国と国とのもつ間柄が道徳を無視して、実力と権力闘争の世界では、決して人類の幸福はない」と喝破されているのであります。

 現代もまだ、国と国との関係は、人間らしい道義もなく、実力と権力闘争に明け暮れていることは、悲しい現実であります。これを、根底から変革して、人間的信頼と相互尊厳を基調とする恒久平和を実現し、全人類一人一人の無上最大の幸福を獲得することこそ、初代会長・牧口先生以来の創価学会の大理念なのであります。

 そして、人類一人一人の幸福を根本においた文化こそ、本当の文化であり、それが、また、私どもが貢献しようとする広宣流布という文化興隆の正しい在り方でもあります。

 第二代会長・戸田先生も、同じく、一言のもとに創価学会の使命をこう示されている。すなわち「何千年の平和の大計を立て、もって日蓮大聖人の御恩に報ずるとともに民衆万年の幸福を確立することが、創価学会の使命である」と。

 私もまた、平和と文化を私どもの使命として訴えもし、その具体的な提言を世に発表し、自ら命を削って戦ってまいりました。

 今後も「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(同955ページ)とのご精神を胸にして、生涯この路線を進む決心でございますので、皆さん方もともどもにこの路線を更に完ぺきにし、進んでいっていただきたいことを、心からお願いいたします。



 創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する



 第五点の「人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を守りきっていく」という点についても一言申し上げれば、開目抄にいわく「大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をご(期)せよ、父母の頸を刎ねん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我が義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし」(同232ページ)とございます。



 正義を貫く不屈の学会史



 信教の自由、精神の自由を守り抜いていくという仏法者としての決意と理念は、この御本仏日蓮大聖人の獅子吼に明確に示されていると拝することができるのであります。いかなる大難にも、いかなる脅迫にも、いかなる誘惑にも屈することはない。ただ、この仏法が最高の哲理であることを確信するがゆえに、断じてこの信仰を貫いていくのであります。

 この大聖人の、生涯にわたる血のにじむ実践からほとばしる叫びを我が命として、文字どおり身に読みきったのが、代々の会長であります。初代牧口会長は、獄中にその崇高な生涯を閉じられ、第二代戸田会長は、二年間の獄中生活「身は従えども心は従わず」と徹底して精神の不服従を叫ばれ、残る生涯を広宣流布に捧げられました。

 私もまた、妙法の実践護持のため、無数のいわれなき中傷・批判のあらしのなかを生き抜いてまいりました。

 ともあれ、いかなる権力による迫害にも屈せず、いかなる栄華の誘惑にも流されず、己の信ずる正義を貫き通す、この信教の自由、人間精神の自由を死守しゆくところに、究極の人間の尊厳を守り、確立する鍵があると申し上げておきたい。

 以上、創価学会の根本路線並びに、社会における展開の基調としての五項目を述べましたが、これを創価学会の永久不変の精神と定めておきたいと思いますが、皆さん、いかがでしょうか(採択の挙手)。



 歴史の審判を確信



 さて、現今の国際情勢を見るに、いよいよ混迷の度を深くしているようであります。しかし、20世紀の第三の四半世紀までをリードしてきた世界の指導者たちの時代を、我々がどう継承してゆくか、そして第四の四半世紀から21世紀への世界史の舞台を、どう切り開いていくかの、重要な契機を迎えたと考えられるのであります。かつてのいわゆる英雄といわれる人たちは、ことごとくいなくなりました。今、人々は暗夜に淡い光を仰ぎつつ、必死に21世紀への道標を模索しつづけているのが現状であります。

 しかしながら、カオスは、いつまでもカオスではありません。暗闇のなかに、遥かなる北極星を、そして更には、暁天の太陽を模索する人類の英知は、必ずや新たな活路を見いだしていくであろうことを私は信じたい。私どもの仏法運動が、そうした人類史の未来開拓に、なんらかの貢献をしていかなければならないということが、私の終生変わらぬ念願なのであります。

 また、七百余年の風雪に耐えて、今、ようやく世界宗教としての面貌を新たにしつつある日蓮大聖人の偉大なる哲理は、濁乱の世相に、明確なる蘇生の光を照射しうることを確信しながら、また来年も、着実に、我が道を進んでまいりたいと思うのであります。

 最後に、皆さま方のご健康と、ご一家のご隆盛をお祈り申し上げまして、私の話を終わらせていただきます(大拍手)。


http://nonakashin.web.fc2.com/five.htm



[13] 人間の心が緑を輝かせる

投稿者: mari@mari72mori 投稿日:2018年 5月28日(月)21時30分11秒 KD106174076051.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

〈池田大作先生 四季の励まし〉
人間の心が緑を輝かせる
聖教新聞2018年5月27日付

 美しき自然を、
 守り、育むものは、
 人間の豊かなる精神の沃野である。
 人の心の浄化が、
 鳥を、緑を輝かせるのだ。

 人間と自然環境は、
 相互に依存する関係にあり、
 環境への暴力が、
 やがて
 人間に跳ね返ってくることを、
 私たちは青年や子どもたちに、
 教えていくべきである。

 一切の問題は、
 根本的には「人間」の問題だ。
 自然環境を蹂躙する暴力も、
 社会に紛争や
 貧困をもたらす暴力も、
 その根底には、
 生命の尊厳を踏みにじり、
 他者の犠牲の上に
 自分の幸福を築こうとする
 利己的な欲望が渦巻いている。

 優れた科学技術も、
 「慈悲」の精神がなければ、
 人間を搾取し破壊する
 危険な凶器に
 変わってしまいかねない。
 人類の平和と発展のためには、
 「緑の革命」とともに、
 「心の革命」が不可欠である。

 人間を離れて、社会はない。
 経済も、政治も、宗教も、
 思想も、科学もない。
 いな、すべての営みは
 「人間の幸福のために」存在する。
 仏教でも、「人間(正報)」と、
 それを取り囲む
 「環境(依報)」との
 一体性を明快に説いている。
 人間によって、社会は変わる。
 世界は変わる。生態系は変わる。
 ゆえに、
 すべては「人間」を
 向上させることから始まる。

 新緑に包まれ、憩いのひとときを過ごす人々。木々の葉が、初夏の陽光に照らされていた。1983年(昭和58年)6月、池田大作先生がスイスのチューリヒを訪れた折、撮影した。
 6月5日は「世界環境デー」。72年(同47年)のこの日に開かれた「国連人間環境会議」が淵源である。日本では6月5日を「環境の日」、6月を「環境月間」として、環境の保全に関するさまざまな行事が各地で行われる。
 環境保全といっても、どこか“遠い世界の話”ではない。省エネに取り組む、ごみを減らす、買い物袋を持参する――こうした身近な行動から、変革は始まる。緑輝く6月、自らの生活を見つめ直す機会としたい。


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